塩柿の話。

─ある年の秋の事、その年は大凶作。もう葉月だというのに秋の実りは何処へやら、山には青い柿しかありませんでした。

動物達は徐々に山の奥まで食糧を探しにやってくる村人に怯えながら、まだ渋い青柿を囓るしかなく、大変に困っておりました。

 

ある日の事です。動物たちの巣の近くに、笠を被り籠を背負った一人の村人がやってきました。

動物達は「いよいよここまで人がやってきてしまった」と大慌て。

しかしその村人は、巣の周りの食べ物を採っていくどころか、籠から淡い色の柿を取り出し、いくつかを大きな岩の上に置いて、帰って行ってしまいました。

 

「これは罠ではないか?」「毒でも入っているのでは?」と動物の長達は疑います。

……が、お腹をすかせた子熊が長達の話を聞かずに食べてしまいました。

「あまり甘くないけど渋くない!!」と、子熊は夢中で食べました。

それにつられて他の子供たちも食べだして、とうとう全部食べてしまいました。

慌てた大人達ですが、喜んでいる子供たちを無下には出来ませんでした。

すると、また籠を背負った人が戻ってきて、柿をいくつか置いて、また帰って行ってしまいました。

「これは一体どういうことだ……」と長たちは首をかしげますが、今度は子供たちの他に、一羽の梟が舞い降りてついばみました。

「ふむ、お主らが騒がしいから起きてきてみたが、ニンゲンに柿を貰ったようじゃの。なあに、毒は入っておらん。塩気があるから食べ過ぎない方がいいがの。」

「長老!?」と長達が騒ぎます。カモシカの長が、「長老、罠ではないのですか?」と尋ねると、

「鉄砲はもっておらんようじゃな……。ニンゲン、隠れてないで出てきたらどうだ。」と言うのでした。

勿論大騒ぎになりました。近くに人が隠れている事を、柿に気をとられて梟の長老以外、誰も気づいていなかったのです。

そんな事はお構いなしに、ひょっこりと現れて籠を背負った村人は口をひらき、

「お騒がせして済みません。この柿は塩柿と言って、文月の終わりに取って塩水に付けておいたものです。渋が抜けているでしょう?

「私あなた達に危害を加える気はありません。ただ、この山にある青柿が欲しくてやってきました。

「もし譲っていただけるのでしたら、半分を渋抜いてお返しします」などと言うのでした。

動物達は唖然とします。今迄、こういった態度を取ってきた村人は居なかったからです。

「申し遅れました。私、先祖代々この山に土地を持つ家の末裔でございます。この度この山が私の管理となりまして、ご挨拶に参りました。」と、村人は続けます。

長老が「ふむ、ニンゲン、お前は私達に危害を与えぬというのか。」と尋ねると、「もちろんです」と返ってきました。

それを聞いた途端、子供たちが籠に飛び掛かり、我先にと中の柿を食べだしました。これには流石の村人も苦笑いです。

大人達が呆れた顔で「空腹には勝てませんね……」と言い出すと、「大人の皆さんもどうぞ!」と村人が柿を差し出してきたので、皆で食べることになりました。

そして、長老が「うむ、お主の心意気は伝わった。ここの柿をお主に譲るとしよう」と言い、村人は礼を言って青柿を持って帰ったのでした。

 

それからというものです。定期的に大岩の上に柿を持ってくる村人を歓迎し飢えを満たし、この山の動物達と村人は凶作を乗り越え、、無事に春を迎える事が出来たのでした。めでたしめでたし。